翌日、イルカは旅支度を調えて木の葉の里を出た。向かう先はまだ決めていない。ただ、大きな街道を進んでいく。大きな街道は様々な人々が行き交う。人も多ければそれだけ表裏もあり、情報が集まる。
イルカはカカシの情報を独自に探るために旅に出たのだった。
アスマが口を割れないくらい極秘裏の任務であったのだろう、中忍の自分ができることなぞないかもしれない。いや、却って邪魔をするだけだと思う方が当然だ。
里でひたすらカカシの帰りを待つという選択肢もあった。けれど、何事もなかったかのように振る舞えるだけの平常心は取り戻せなかった。
あの冷たい部屋に今も愛しい人の腕がその主を待っているかと思えば。だからあとで誰になにを言われようとも、イルカは自分で行動することに決めたのだ。
小鳥はサクラに預けることにした。十中八九自分が今から行くところは危険が付いてくるだろう。折角救ったその命を自分のために散らすことはない。
小鳥を預けた時、サクラはイルカの様子に何か言いたげではあったが、結局は気を付けて、と言うに留めて笑顔で送り出してくれた。
イルカはその厚意に感謝して里を出たのであった。
イルカは街道をゆっくりと歩いていく。茶屋で一服したり、重そうな荷物を持つ一行に付き添ったりして、人々の口からのぼる話題をそれとなくさりげなく聞き出して行く。
ゆっくりとした歩みで街道を進み数日、イルカは茶屋で一服していた身なりの良い老人と話を合わせていた。
なんてことはない普通の老人のように見えるが、仕草などから随分と身分は高い人のように見受けられた。
老人は寺を詣でる途中とのことで、イルカが息子と同じ年代であることに親しみを持ち、声をかけてきたのだった。

「この時期に旅というのはお仕事をしている者には難しかったのではないかね、私の息子も商売をしているがなかなか休みは取れないと愚痴をこぼしていたよ。少々働き過ぎかもしれないな。」

「私は最近までほとんど休みらしい休みも取っていませんでしたので、気晴らしにゆったりと一人旅をすることにしたんですよ。」

イルカは当たり障りのないように嘘を交えながら笑顔を向けた。

「気晴らしも必要でしょうなあ。まだまだお若いから私なぞのように寺の巡礼ではなくギャンブルなどで発散するのも良いでしような。」

「ギャンブルですか、私はとんと運はないものでして。」

イルカの言葉に老人は明るく笑った。

「はは、私もです。少々骨董に目がないものでオークションなどにはたまに足を運んだりもしますが。」

「オークションですか、骨董と言うと美術品がお好きなんですか。」

「ええ、焼き物が好きでしてな。しかし最近オークションでよくない噂があって足を運び辛いのですよ。」

イルカは気付かれないように、その話題に飛びついた。

「よくない噂、ですか?」

「ええ、なんでも闇オークションというものがあるらしくて、普通のオークションとは違って非合法に様々なものを売り買いすることができるそうですよ。まあ、うわさ話ですけどね。しかしそれだけなら私も足は竦みませんでしたが、ここだけの話し、そのオークションに人も出品されているとか。その噂を聞いたら普通のオークションにもなかなか行く気分になりませんでしてな。しばらく俗世間から離れてこうして巡礼の旅に出ようと思ったわけです。即物的な思考だと女房にも笑われました。」

老人はそう言って苦笑した。

「ちなみになんと言う街なんですか?」

「ああ、桜羅の都だよ。聞いたことはあるだろう?」

都とは言われているがどこかの国の首都と言うわけではない。ただ、観光都市として発展した街で、都のように大きいのだ。
老人はお茶をすすって立ち上がった。

「そろそろ行きますね。道中お気を付けて。」

イルカはそちらも、と言って笑みを返した。秋口の涼しい風が吹き、イルカの頬を撫でる。店の表の長いすに腰掛けていたイルカは懐から財布を取り出した。

「すいません、勘定、ここに置いておきます。」

イルカはそう言って立ち上がった。

「はーい、」

と店の者が表に出てきたが、もうそこにイルカの姿はなく、街道を見渡してもイルカの姿は見えなかった。

「あら、どこに行かれたのかしら、まあ、いいけど。」

店の者は首を傾げながらもイルカの置いていった勘定を持って店の奥に下がっていった。